坂本 佳子(さかもと けいこ)

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はじめまして、坂本佳子(さかもと けいこ)です。
世田谷区弦巻で3人の子どもを育てながら音楽教室を続けてきました。
ピアノの先生になりたかった子ども時代から、あちこち寄り道回り道をして、最後はやっぱり好きな道へ。辛い時、嬉しい時、いつもそばにあった「音楽」を、日常的に楽しむ人が増えることを願ってこの仕事をしています。
どうぞよろしくお願いします。

どんな人? 

東京オリンピックの年1964年4月2日生まれ(学年で一番お姉さん)
出身は埼玉県大宮市(今はさいたま市)
猫は飼っていないけど(ハムスターより大きな動物は飼ったことがない)猫グッズを集めるのが好き
スーパーで新しい菓子パンを見つけると嬉しくなる
ひとりカラオケでストレス発散!
最近ハマっているのは「焚き火」。

ここからはそんな私がピアノを始めてから紆余曲折を経て今に至るまでのストーリーです。
興味があったら読んでみてくださいね!


《ピアノとの出会い》
3歳の終わり頃、近所にできたヤマハ音楽教室でピアノを習い始めました。自分でドアを開けられないので、時間が近づくと受付のお姉さんがドアを開けて待っていたくれたそうです。電子オルガン(エレクトーンではありません)を買ってもらい練習をはじめましたが、鍵盤が足りなくなってきたのでやっとピアノを買ってもらえました。

《小学生の頃》
宇宙船?と思うようなスタイリッシュなエレクトーン(GX-1)が発売されます。大宮市民会館にもお披露目のコンサートがやってきました。それを聴きにいったときの衝撃は忘れられません。目をつぶったら「これってオーケストラ?」。「エレクトーンも習いたいな」と親に言ってみましたが「大きくなったらね」と。市の少年少女合唱団に入ったりもしていたので、あれこれ手を出しても…ということだったのでしょうか。でも、いつかは弾いてみたいと思っていました。

《中学生の頃》
小学生の時、一瞬お手伝いで入った鼓笛隊。フルートを吹いていたのですが、息が続かない。その記憶から「吹奏楽器は苦手だ~」と吹奏楽部には入らず、卓球部で過ごします。でもやっぱり…高校に入ったら音楽系の部活がいいなと内心思っていました。

《高校生の頃》
入学した高校(浦和第一女子高校)は、音楽部(合唱部)が毎年全国大会で金賞をとるような学校でした。でも…自分は歌より器楽演奏の方が好きだなぁと思ったので器楽系の部活に。ヴァイオリンに憧れていたのだけどオーケストラはなく、代わりと言ってはなんですが、調弦がヴァイオリンと同じマンドリンで手を打ちました。オーケストラで演奏する曲もマンドリンオーケストラで演奏できるし。ピアノは一人で演奏することがほとんどなので、合奏はみんなで音楽を作り上げる楽しさを教えてくれました。指導者がたまにしか来てくれない中で、先輩から後輩へ受け継がれる技術・技術を伝えるための創意工夫…私の音楽指導の原点はここにあったのかもしれません。高校生活は朝練・昼練・放課後練・帰宅してピアノと音楽三昧。このまま大学に行っても音楽を続けられたらいいなと音大受験を決意します。将来は音楽教室の先生になりたかったので、教育に力を入れているという武蔵野音大を目指すことに。受験のために紹介してもらった音大の先生のレッスンは厳しかったけれど、その甲斐あって合格!しかし諸事情により、東京女子大学心理学科に進学。

《大学生の頃》
音大を諦めた一つの理由があまりにも高い学費…の差額でエレクトーンを買ってあげるって提案されたから。
壮大なオーケストラの曲が弾きたくて始めたエレクトーンですが、それにとどまらずポピュラーやジャズなど様々なジャンルの曲に出会います。

大学4年になり就職を考え始める頃、先生が「ヤマハのシステム講師になる気はないの?」と声をかけてくれたので、そこから講師になるための資格(エレクトーン演奏グレード5級・指導グレード5級・ピアノ演奏グレード5級)を取得し、採用試験に備えました。が、諸事情ありコンピューター会社に就職(心理学科卒なのに?)。また音楽の道から遠のいてしまいます。

《会社を辞めて講師業スタート!》
バブルがはじけ、会社が希望退職者を募ったのを機に退職。しかし、その時すでにシステム講師の採用年齢制限を超えてしまっていたため、1993年自宅講師の会jet(全日本エレクトーン指導者協会)のオーディションを受け、スガナミ楽器経堂支部に入会し、講師業をスタートしました。

同じ頃、新聞広告でローランドの教室がピアノ講師を募集していることを知り、説明会に行ってみたら、募集していたのはポピュラーピアノ講師。ピアノが弾けてエレクトーンでポピュラー音楽を弾いているのだからできるんじゃない?と、ポピュラー音楽理論を頭に詰め込んで採用試験に臨んだところ、合格!これで音楽教室で教えられると思った矢先の妊娠。つわりがひどく、講習会に参加できなかったため、この話は白紙に。つくづく縁がありません。

その後子どもが生まれ、ママ友に子どもを見てもらいながらそのお子さんたちに教える形で緩やかに仕事を再開。そして1998年、現在の場所(世田谷区・桜新町)に住居を構え、音楽教室を開きました。

紆余曲折の中で、クラシックピアノだけでは知ることのなかった幅広い音楽の世界に触れることができたので、生徒さんにも提案してあげられるものがたくさんあると思います。

《自宅教室とは別になりますが》
2010年からスガナミ楽器経堂店(目黒センター・烏山南口センター・久我山センター)で「シルバーエイジのためのピアノ教室」「シニアキーボード」のコースを担当しています。昔ピアノを習いたかったけど習えなかった方、定年退職後に新しいことを始めようといらした方、子どもの頃習っていてやめてしまったピアノをまた弾きたくなった方とともに歩み続けて10年経ちました。大人になって始めてもこんなに弾けるようになるんだということを実感するのは、生徒さんにとっても私にとっても嬉しいことです。

———そして今

自分がやってみたかったことにトライするゆとりができたので、歌やジャズオルガン、ウクレレなどを、シニアの手習いで始めました(あるチラシを見ていたら、シニア対象のコースに「50代から80代の方が楽しんでいらっしゃいます」とありました。それを見た時は50代はもうシニアなのかと愕然としたものですが…)。自分が習う立場になってみて、新しくものを習う時のワクワクドキドキ感を思い出しました。
そういったワクワクドキドキ感を生徒さんにも伝えたい、一緒に楽しみたいと思っています!

お子さんに音楽に親しんで欲しいとお考えの方、自分が始めたいけれど、どこから手をつけたらいいかわからない方、一緒に入口を探しましょう。

資格

PSTA(ピアノスタディ)認定指導者
jet(全日本エレクトーン指導者協会)スガナミ楽器経堂支部所属
どれみ先生認定指導者
SUZUKIケンハモ認定講師・ケンハモ音楽呼吸法トレーナー

2021年11月「どれみマスター講師」として認定されました。どれみフレンズメソッドを学ぶための講座をオンラインで開催しております。キャラクターやクマちゃんベルを活用した幼児さん向けのメソッドをレッスンに取り入れてみませんか?

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「弾かないピアノレッスン」(ピアノ講師さん向けページです)